2020年4月21日火曜日

6. 台湾の伝統医療ガイドライン 台湾は,3月10日に台湾国家中医薬研究所・蘇奕彰所長の作成したガイドラインがある(表3)。中国,韓国のガイドラインに比し,予防の処方に関して具体的な薬方が記載されている。それによると,健康な人で地域感染がなければ,食事・運動など健康を維持する努力を続けるように書かれている。しかし,慢性疾患患者や免疫機能低下がある人,職場で不特定多数の人と接触しなければならない人は,疾病や個人の体質に合わせ体質調節の処方を作成する必要がある,とした上で,具体的な処方を挙げている。桂枝加黄蓍湯から芍薬を去り,荊芥・桑葉が加わった処方で,表を固める処方として例に出されている。 医療スタッフなどハイリスクの人向けの予防処方として,先ほどの処方に薄荷,板藍根,魚醒草を加えたものが推奨されている。台湾においては板藍根がよく用いられる。C型肝炎治療薬や風邪薬として幅広く用いられている生薬である。魚醒草はドクダミの全草で,わが国では十薬とも呼ぶ。清熱解毒の薬であり,台湾では多用される。薄荷も発汗を促す作用がある。 台湾のガイドラインの特徴はエキス剤と生薬末の組み合わせも示されていることである。台湾は生薬末を組み合わせて処方を作製する。煎じ薬ほど手間がかからず,急な対応が可能となる。そして,ウイルス潜伏期,発病期(ウイルス増殖期,サイトカインストーム期),回復期に分けてそれぞれの処方およびエキス剤を示している。西洋医学の医師でも理解できるように伝統医療の表現を少なめにして,予防の段階から記述してあるのも特徴である。 7. 漢方医学における感染症の考え方 感染症は人類史において大きな脅威であり,医療の発達の過程で感染症が大きな存在であったことは洋の東西を問わない。いまだに日本漢方が重視する古典の一つが『傷寒論』である。後漢末(2世紀終わり頃)に中国で疫病が大流行し,筆者,張仲景の親族の2/3が亡くなるという状況で,感染症の臨床症状の事細かい観察とそれに応じた漢方薬が記載されている。1918年のスペイン風邪流行の際にも,森道伯が胃腸型には香蘇散加茯苓・白朮・半夏,肺炎型には小青竜湯加杏仁・石膏,脳炎を引き起こした場合には升麻葛根湯に白芷・川芎・細辛を加減して卓効を示した,という記録を残している8)。 漢方薬のウイルス感染症に対する効果は種々の漢方薬で種々の機序が知られている。詳述は避けるが,我々の知見を多少述べさせていただく。ウイルスの増殖を防ぐための重要なサイトカインに,インターフェロンαがある。このインターフェロン産生経路は複雑で,産生までに非常に長い時間を要する。体内でのウイルスの増殖速度とインターフェロンα産生速度によって,重症化するか治癒に向かうかが決定されるので,いかに生体防御機能が早く働くかが重要な鍵となる。我々の研究では,十全大補湯をあらかじめマウスに投与することで,インターフェロンαを産生するために重要なIRF-7の発現が上昇し,感染が起こった場合にすぐにインターフェロンαが産生できる,という準備状態をつくることを示した9)。同じく補剤に分類される補中益気湯も,複合生薬ゆえ,様々な作用機序を有する。十全大補湯同様にインターフェロンα産生の準備状態をつくるほか10),ウイルス粒子に結合して複合体を形成し,細胞への侵入を抑制すること11),細胞内ストレス応答の役割を持つオートファジーの誘導を促進して,インフルエンザ感染によるオートファジー機能不全を軽減すること12),およびインフルエンザ感染により破綻した解糖系-ミトコンドリア間の細胞内エネルギー代謝の恒常性を改善する作用を有することなどを示してきた13)。感染前に投与することで,これらの機序により,感染の重症化を防いでいるのである。 これらはインフルエンザウイルスを使った研究であるが,他のウイルス感染でも漢方薬の補剤投与により,生体防御機能を上げておくことは重症化予防につながると推測できる。

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